不安と恐怖ものろーぐ

ハイデガーは『存在と時間』の中でその脅かすものがどこにもないということが不安の対象を性格付けるとしていますが、僕自身は不安を感じている自分自身にその対象を得ます。


自分以外の客体に不安や恐怖を感じたなら、それは自己の存在をもってして退けることが可能でしょう。


しかしまったく間接的な意識を介さないところから来る内在的な不安や恐怖は、対象を世界(自己自身)に起源をもち、退ける手段はない。まったくもって恐ろしい。


あるとしたら世界(自己自身)を拒絶する以外に方法は無い。


辻褄合わせで理性的に、因果をア・ポステリオリに言語化することにも防衛機制は働くでしょう。


精神を守る機構は本能的に備わっている。-und doch nirgends….