社会的ジレンマ(social dilemma)
「通常大きな社会集団で考えられる相互依存関係のなかで、個人的利益の追求と社会的利益の追求の確保が両立不可能な事態のことを指す。具体的な社会的ジレンマとしては2つのタイプがあげられる。
1つ目はハーディンの「共有地の悲劇」とよばれるタイプで、個人の利己的な利益追求が社会的コストを発生させ、最後には社会全体を壊滅的状況に陥らせるというもの。例として、温室効果、オゾン層の破壊、熱帯雨林の破壊、廃棄ガスによる空気汚染、人口増加による食糧、資源の枯渇がある。また、災害時等の緊急時に個人が他人を顧みずに我先に避難行動を起こすパニック状態もこのタイプの社会的ジレンマと見なされる。
2つ目はオルソンが公共利益問題の分析から明らかにした「ただ乗り問題」とよばれるタイプで、一般的に組織は所属する成員のための公共利益達成のために存在するが、成員は組織を維持する為の個人的コストを負担しなければならない。この場合ただ乗りが可能であり、もし大多数の人々がただ乗りをするならば、組織の維持ができず、公共利益の達成も不可能になる。これは組織を作り、維持しようとするときに不可避的に起こる問題だと考えられている。」
「神の見えざる手」には実は落とし穴があった!
個人主義、自由主義は強調し過ぎると結局自分にしっぺ返しがくるのです。
…といってもうまーく甘い汁をすっている人はどんな社会集団の中にも僅かながら潜んでいたりします。
僕はどっちかっていうと一般的規則を守ったりすることやこだわりをもつことをよしとしているので、生活コストは高くついているような気がします(^_^;)